弁理士のひとりごと~この本を読んで(3)

 

 今回は、「透明人間」(H・G・ウェルズ著)について。ある科学者が自分の体を透明にする実験を行い、悲劇に陥るまでのお話。これも、小学校の図書室で出会った本である。
 物語の始まりでは、包帯で顔をくるんで大きな青いメガネをかけた奇妙な風体の男がとある町の宿に滞在し個室内で謎の実験を繰り返す。そのうち、この男は、町の人々との間でいさかいやいざこざを起こして徐々に追い詰められていく。逃亡の果て、かつての友人の科学者と出会って、透明人間の秘密を明かすも、凶暴化したこの男を放置すると危険と判断した旧友科学者の通報によって、悲惨な末路をたどることになる。
 このお話、御伽噺のような隠れ蓑を用いない点、すなわち屈折率を調節し色素を無色にすることで人体を透明にするという点が科学的着想で面白いが、透明人間から元の姿に戻れず、ほとんど狂気とも思える犯罪に走ってしまう科学者が描かれており、何だか救いようがない気がし、とても暗い印象が残っている。
 人間は、自分の正体を知られないとわかったとき、単純化すれば二様に行動する。一方は陰徳、他方は犯罪。性善説や性悪説の議論もこのお話の背景にあるのかもしれない。正直のところ、私自身に関しては、正体を明かさないで善行のみを続けることは難しい気がしている。
 ところで、産業財産権の分野でも、正体を明らかにしないという手法がとられることがある。例えば情報提供制度(特施規13条の2、3)である。この情報提供制度では、誰でも出願発明や特許発明が新規性等を有していないといった有効性欠如に関する情報を提供することができる。情報提供に際しては利害関係を問われず、情報提供者の氏名、住所等を省略することも認められている。つまり、他人の邪魔な特許を潰すための資料を匿名で特許庁に通報できるのである。この場合、利害関係者が正体を隠す駆け引きとしての側面はあるが、建前上は公衆の審査協力といった善意面が本質と考えられる。保護価値のない特許が発生・存続しにくくなるという点で、よくできた制度であると思う。

福田