弁理士のひとりごと~この本を読んで(5)

 

 子供の頃、私は、将来エスキモーとして生活してみたいと本気で考えていた。今回話題とする本は、「エスキモー探検記」(本多勝一著)である。この本には、著者とカメラマンがエスキモーの小さな部落で2ヶ月程度彼らと生活をともにした様子が描かれている。なお、この本は子供向けであり、「極限の民族」という原作がある。
 この本で最も強い印象を受けたのは、カリブーの狩猟で獲物の解体の際に腸を食べる場面である。著者がフンの臭いなどで肉を吐き出す場面は強烈で、まるで自分が体験したように感じたものである。自分がエスキモーとして生活するときには、この場面で我慢できるだろうかと、本気で悩んでいた。
 さて、この本では、そり犬の調教について印象深い話が出てくる。エスキモーは、そり犬を決して甘やかさず、使えない犬は見捨て或いは半殺しにする。著者は、酷寒の自然の中で生き残るためエスキモーが犬を道具のように扱うことを肯定し、一部の愛犬家が彼らを非難するならば、まず人間が優先されるというヒューマニズムの基本を理解していないと述べ、このような愛犬家の中途半端な感傷を利己的と喝破している。
 ところで、人間優先のヒューマニズムは、特許法にも存在する。例えば、人間を治療等する発明は特許されないが(特許法29条第1項柱書き)、犬等の他の動物を治療等する発明は特許の可能性がある。また、医薬に関する特許権の効力は医師の調剤行為等に及ばないが(同法69条第3項)、他の動物の治療薬に関する特許権の効力は調剤行為等に及び得る。人間と他の生き物との間には、厳然とした境界が存在するのである。
 なお、知財に関する最近の話題として、欧米に倣って医療方法の発明を特許の対象とする法改正の動きがある。人道的なことについて十分に議論し尽くして欲しいものである。
 最後に、この本に描かれているような生活を維持しているエスキモー又はイヌイットは、現在殆ど残存しない思われ、私的には大変残念である。もはや、かつてのようなエスキモーとして生活する願いは叶えられない。

福田