弁理士のひとりごと~この本を読んで(4)

 

 今回は、「高野聖」(泉鏡花著)について。この本には、修行中の若い僧が行脚中に深い山奥の一軒家に泊まった際の不思議な体験が書かれている。
 修行僧は、行きずりの薬売りの身を案じて山越えの旧道に入るが、日が暮れてしまい、やっとの思いで主の女と白痴が住む山屋にたどり着く。その後の出来事については省略するが、主の女の艶めかしい不思議な妖しさが、当時思春期であった私にとっては、いたく淫靡に感じられたものである。ただ、この修行僧が翌日山を下る途中で主の女と暮らしたくなって引き返そうとするくだりは、何か違和感を覚えた。今となっては、その気持ち、何だか分かる気がしないでもないが…。
 さて、この本では、魑魅魍魎といった幻影又はイリュージョンの世界が描かれており、このような幻影の世界は、一般に我々が扱う特許の世界とはかけ離れている。実際、明細書の作成では、非論理的なものを排して技術的な明確性を追求する必要がある(特許法第36条第4項1号等)。私自身も、これまで、極限まで贅肉をそぎ落とすように感性的な表現を避けて来たように思うのである。
 一方で、例えば発明を完成し事業化を夢見ている発明者は、一種幻影の世界にいるともいえるが、実のところ、その幻影的な想像力から発した熱意は、私にとって仕事のやり甲斐になっている。そもそも、発明自体が、合理的な着想で得られるものであれば当たり前ということになり、大発明ほど、発明者の強い情念や幻影に導かれた閃きの賜である場合が多いのである。私は、現実に見ることができ合理的に説明できるものだけにとらわれず、感性的で簡単に説明できない世界を大切にして、特許事務所の業務を続けたいと思うのである。

福田